リスクと専門知について
政府の要請を踏まえ、今後予定されている卒業式等の大学のイベントや大学関係のフォーラム・研究会等の中止の発表が相次いでいます。
このような事態が起きると、対策の根拠と有効性、日常生活や経済活動への影響などの立場から意見が表明され、しばしば専門知と社会との関係が議論の俎上にあがります。科学的合理性と社会的合理性、さらにはそこに政治が介在し、次元の異なる複雑な要因が絡んでいます。
今回の件でも専門知は重要なキーワードの一つだと思います。しかし、科学技術に限らず、人文学、社会科学も含めた専門家が集う大学が、現実には蚊帳の外にあるように思えることは、少し残念な気もします。
ドイツの社会学者ウルリヒ・ベック(1944-2015)が提唱したリスク社会、つまり、政府の重要課題が「富の分配」から「リスクの分配」へ移行した社会(『危険社会:新しい近代への道』法政大学出版局、1998年)を象徴する事態が次々に生じているのかもしれません。
以下の2つの書籍は、科学技術社会論(STS:Science, Technology and Society もしくは、Science and Technology Studies )に関する、多くの事例を扱ったテキストです。日本にもSTSに関して一定の研究蓄積があり、今後、今回の感染症とその対応に関してさらなる分析が生まれると思います。
小林傳司編『公共のための科学技術』(玉川大学出版部、2002年)
危機管理の三原則について
新型コロナウイルスの集団感染により、今月25日に始まる国公立大学の入学試験(前期日程)をはじめ、各大学の対応が次々と発表されています。
振り返ると、平成21年(2009年)の新型インフルエンザの流行で、学園祭等の不特定多数のひとが集まるイベントを中止する大学があったことが思い起こされます。
感染症対策、そして阪神・淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)の発生などにより、大学の危機管理への対応がクローズアップされるようになったと感じます。また、留学生の受け入れや日本人学生の海外派遣が増えるにつれて、これまで以上にトラブル対応が必要になったことなどの影響も考えられます。
危機管理の三原則は、防止・回避のための事前方策 (危機の回避)、被害の最小化(危機管理)、通常体制への復帰と再発防止(事後対応)とされています。
新型コロナウィルス対応は、現在、危機の回避の段階でしょうか。
東日本大震災に際し、大学がとった対応や見えてきた課題について国立大学協会がまとめた冊子がウェブ上に公開されています。
『東日本大震災と大学の危機管理-被災した国立大学から学ぶ-』(国立大学協会、2011年)
https://www.janu.jp/univ/shinsai/pdf/201112shinsai.pdf
以前も紹介しましたが、文部科学省のウェブページで、冊子『リスクコミュニケーション案内』が公開されています。
昨秋に出版された大学SD講座シリーズ3の以下の書籍のなかでも危機管理に関する大学職員の業務について1章が割かれています。
中井俊樹・宮林常崇編『大学業務の実践方法(大学SD講座3)』(玉川大学出版部、2019年)
「在学契約」について
平成29年(2017年)5月に改正された民法の施行が今年の4月1日にせまり、教育機関関係者のあいだで「在学契約」について関心を寄せる人が増えているようです。
*民法の一部を改正する法律(債権法改正)について(法務省)
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_001070000.html
今回の民法改正で、学生が滞納している授業料の時効(現行の2年から5年へ)や大学と取引業者との契約等に関した変更があり、各大学で事前に確認すべきことが生じると思われます。
それと同時に、「在学契約」についての認識を改める必要がある場合も想定されます。在学契約とは、いわゆる民法に規定のない無名契約で、大学と学生のあいだで入学に際し結ばれたと想定されるものです。具体的に言えば、大学が学生に教育サービスを提供し、学生は学生納付金を支払うという契約(が存在するという立場)のことです。学生が大学の構成員として学内規則を遵守する義務もここから発生していると考えることもできます。
今回の民法改正でも在学契約について条文でふれられたわけではありませんが、新たに定型約款制度が設けられたことにより、その手続きを踏んで、学内規則や入学時の誓約書等を整えておく方が望ましいと言えそうです。
「教学マネジメント指針」について
先月開催された中央教育審議会大学分科会教学マネジメント特別委員会(第12回)において、「教学マネジメント指針(案)」が示されました。(大筋で了承されたとのことです。)
https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/2019/12/000002840.html
このなかで、教学マネジメントは「大学がその教育目的を達成するために行う管理運営」と定義され、これまでの中教審答申等で示された大学の教育改善に関連する手法が教学マネジメントという観点から一元的に例示されています。
目次は以下のとおりです。
Ⅰ 「三つの方針」を通じた学修目標の具体化
Ⅱ 授業科目・教育課程の編成・実施
Ⅲ 学修成果・教育成果の把握・可視化
Ⅳ 教学マネジメントを支える基盤(FD・SDの高度化、教学IR体制の確立)
Ⅴ 情報公表
今回の「指針」によって、直ちに大学に新たな義務が追加されるということはないようです。大学設置基準の見直しについては、今後設置される部会において議論される予定になっています。
大学の教育改善に関して、中教審の答申を例に出すまでもなく、同じような指摘が繰り返されているように誰もが感じているのではないでしょうか。
教育改善の個々の取組の実施はそれほど難しいものではないとしても、それらを全体として機能させることは容易ではありません。このような実状は、大学関係者なら実感をもって理解できることだと思います。
大学のこのような実情を深く理解するには、組織としての大学を理解する必要があると思います。最近、大学の組織論や運営に関して新たなテキストが加わりました。
中島英博『大学教職員のための大学組織論入門』(ナカニシヤ出版、2019年)
中井俊樹編『大学の組織と運営(大学SD講座1)』(玉川大学出版部、2019年)
次年度の文部科学関係予算(案)について
令和2年度(2020年度)の文部科学関係の予算案(総論)が文部科学省のウェブページに公開されています。
https://www.mext.go.jp/a_menu/yosan/r01/1420672.htm
国立大学法人運営費交付金は、昨年度の1兆970億5500万円から1兆806億7200万円へと約1.5%の減(マイナス163億8300万円)となり、国立大学の経常的経費が厳しい状況に変わりはないようです。
大学教育関連のフォーラムについて
研究主体の学会とは異なる大学教育関係のコンソーシアムや協会が主催するこの春(3月頃)のイベントのいくつか紹介します。
・FDフォーラム(大学コンソーシアム京都)〔第25回〕
2月29日(土)、3月1日(日)龍谷大学/深草キャンパス
http://www.consortium.or.jp/project/fd/forum
・大学教育改革フォーラム in 東海 2020
3月7日(土)名城大学/八事キャンパス
https://sites.google.com/view/tokaiforum2020/
・IDE高等教育研究フォーラム
3月18日(水)一橋大学一橋講堂(東京都千代田区)
https://ide-web.net/newevent/blog.cgi?n=118&category=001
・大学教育研究フォーラム〔第26回〕
3月18日(水)、19日(木)京都大学/吉田キャンパス
https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/forum/2019/
「大学入試のあり方に関する検討会議」の設置について
12月27日、文部科学省から、『「大学入試英語成績提供システム」 及び大学入学共通テストにおける国語・数学の記述式に係る今般の一連の経過を踏まえ、大学入試における英語4技能の評価や記述式出題を含めた大学入試のあり方について検討を行う』ために、大学入試のあり方に関する検討会議を設置するとの発表がありました。
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_00063.html
「大学入試英語成績提供システム」とは何のことか思う人もあるかもしれません。要するに、今回は見送られることになった、大学入学共通テストへの民間英語試験の活用のことです。